“5人揃った安全地帯が見たい”
私が人生の中で叶えたかった渇望が、12月17日、届かぬ夢になりました。
昨日のSONGSの中で最も印象に残った部分は、玉置さんの歌唱でも、安全地帯の演奏でもなく、大泉さんと玉置さんの会話シーンです。
「年々声が出なくなっている」といった趣旨の話の中、玉置さんが「年齢なのかなぁ…」と言ったシーン。
この時の玉置さんの目が、ものすごく悲しそうな目をしているように感じました。
不謹慎ながら、私はその時に玉置さんの死を連想してしまいました。
「玉置さんもいつ歌えなくなるか分からないから、参加するステージでは全精力を集中させよう」
同時にこんな誓いを自分の中に掲げた瞬間でもあります。
そんな複雑な想いを胸に抱いて床に就き、迎えた朝。
Cherryから受けた突然の訃報。
65歳って…
早すぎます。
いつも笑顔で、ステージの後方から安全地帯メンバーを暖かく見守っていた田中さん。
あの姿は安全地帯の象徴です。
ステージ復帰のため、懸命の闘病生活を送っていたものの、叶わぬ夢に…
田中さんや安全地帯メンバーの心中を察すると、涙が溢れて止まらなくなります。
“どれほど季節が どれほど巡り来ても 楽しかった日々を忘れない”
“あの歌は心から聞こえてるよ”
田中さんのご冥福をお祈りいたします。
こばかず
コメント
早すぎた田中さんの逝去。
訃報の知らせに言葉もなく、ただただ涙がこぼれ落ちました。安全地帯のメンバーの心境を慮ると耐え難い思いです。
安全地帯は、〝ふるさと〟だと玉置さんが話されていました。メンバーが欠けたことによって、いっそう安全地帯の絆が深まったと甲子園や、今回の安全地帯のコンサートで感じました。
田中さんは、メンバー、一人一人の心の中に生き続けているのだと、そして私たちの心の中にも。
SONGSで感じたことは、私もこばかずさんと同じです。
SONGS以前に誠に不謹慎ながら、私も玉置さんの歌声がいつかは、聞けなくなることを思い、できるだけ玉置さんのコンサートに、足を運ぼうと思い立ったのがここ1 、2年のことです。
私たちの〝夢の続き〟はまだこれからです。玉置さんや安全地帯の〝メロディー〟とともに私たちも歩んでいきましょう!
marioさん
コメントいただきありがとうございます。
こういった形でやり取りをすることになるとは思いませんでしたね。
甲子園にもガーデンシアターにも、田中さんは確かに“そこにいた”と思います。
そしてこれからも我々の心にずっとい続けます。
玉置さんももう64歳で、2019年の心臓の手術や今年のコロナ罹患など、身体が心配になる時期に差し掛かりました。
だからこそ、私たちが参加するステージでは全力で聴きたいですよね。
先日のSONGSで「安全地帯は歳取ったらもっと良くなる」と言っていたので、その姿を目に焼き付けていきましょう!